本書の魅力は、なんといっても写真が生き生きしていることです。
撮影者の息づかいや、視点が写真の中に存在するのです。
それもそのはず、熊野様の“ あとがき” を読んでいたければ納得します。
「山や自然を撮影したものが多い。
それと旅行は祭りが好きなのでそんな写真が多い。
ただ祭りはほんのかけだしで、実はこれから祭り見物に行きたいと思っている。
私は写真を本格的に習ったわけではないので、全く型にとらわれてはいない。
腕前がこのような状態なので、カメラだけはそれなりのものを使おうと思い、“ フジカ645” と“ ハッセル” という、腕にはもったいないようなカ
メラを持ち、パチパチとり続けた写真である。
とにかくカメラを持って“ いいな” と思ったら“ パチッ” だから勿論望遠も三脚も使わない。
フラッシュも使ったことはない。」というわけです。
本書では熊野様が40 年余り、国内外を訪ねて撮り続けた写真300 枚余りの中から、大判44 枚と小判36 枚、そして観音扉でK2を見渡す360 度
のパノラマ写真を載せました。
写真の面白さを最大限生かした、この大判サイズでの写真集は、
書店でも見かけないでしょう。
ご自身の生きてきた証を表現した一冊です。
(デザイナー テンテツキ氏より解説)
著者である熊野さんが40 余年間、世界の山々をカメラ片手に訪ね歩いてきた記録である、そのことを一冊に詰めたいと思いました。写真掲載点数には限りがあるので、巻頭に地図を入れて、地図上に訪れた場所をすべてアーカイブすることにしました。
正距方位図法という地図があります。中心から目的地までの距離と方位が正しくなるように表現された地図で、航空図などでよく使われます。飛行機の機内誌で見たことがある人もいるかもしれません。
東京を中心にしたこの地図の外側に時間軸をプラスして、あの時、あの場所に熊野さんがいたという足跡を地図に残していきました。
これがこの写真集の根っこにある考え方のすべて。熊野さんが世界を旅した断片を拾い集め、読者が追体験できるような編集デザイン。
巻頭扉には熊野さんの相棒である大判カメラ、ハッセルブラッドとFUJICAの写真を撮って載せています。「あっ」と思ったその瞬間にはシャッターを切っていたというお話でしたから、身体の一部と言ってもよいかもしれません。少し摩耗した蛇腹のゴム部分が、長い旅の道程を思わせます。
それぞれの写真は、熊野さんがどこにこころ動かされたのかが伝わってくるようなものばかりです。寄ってみると岩壁を登る豆粒のような人がいたり、鮮やかな赤の傘をさした観光客が新緑とのコントラストを醸していたり。細部まで観察できるのは、大判写真集ならではの楽しみかもしれません。
そびえたつ山並みから、落ち着きあるヨーロッパの街並みへ、真っ白な雪原から真っ赤に染まる知床の大地へ。美しい富士山の裾野から日本の原風景へ。繰るごとに旅情を掻き立てられるような、そんな流れを楽しんで頂けたらと思います。
表紙のタイトル文字は、山をデフォルメした三角形で漢字の一部をつくりました。その山の向こうに、金箔で箔押しした月と太陽。
以前、私が富士山に登った時のこと。真夜中でも月明かりが道を照らしてくれたこと、頂上付近で寒さに震えながら御来光を待っていた時に、太陽が昇ってきてあたりをオレンジにあたたかく照らしてくれた時の有り難さ。おてんとさま!
そんな実体験があり、おそらく世界中の山を巡っている熊野さんも、世界のどこかで朝を迎えながら、光がつくる有り難い風景を何度となく目にしてきているのでは、と思ったのです。
日と月で「明」。
これからもそんな旅が続きますように。
【さらにお見せします】
●中国やカンボジア、タイの山や建造物を被写体にした写真
●礼文島の香深港を背景に見える美しい山並みが印象的(左)
●小型飛行機でまわるエベレストの展望旅行(右)
●「もっと見せたいけれど、溢れてしまった」巻末に名刺サイズで掲載